2006年11月27日

エゴン・シーレの描く肉と骨の魅力

Girl Standing

泣きながら描かれたような女の線の魅力がある。
エゴン・シーレの絵は、身を掻きむしるような文学、それも死に絶えた私小説という感じがする。

貧相な体だが、女の肉と骨の魅力がある。
絵に匂いがあるとすれば、(なま)の女の濃い体臭。
シーレのデッサンは、血と肉をなすりつけるようなデッサン。
シーレにとって筆を走らせることは、女の体を撫でることと同義だったのかもしれない。

たとえばクリムトの描く女が黄金の光を身に纏った「陽」とすれば、シーレのそれは女の内部に棲む懊悩を抽出した「陰」なのかもしれない。

「モデルの女は肉を抉られ骨と皮を晒し、画家自身も人に見せられない煩悩を晒す」
とでも表現したくなる。

Girl Standing
エゴン・シーレ Egon Leo Adolf Schiele
1890-1918年,オーストリー 
posted by アートジョーカー at 04:28| Comment(0) | Egon Schiele | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

エゴン・シーレ「家族」

The Artist's Family


家族が濃い、としかいいようがない。
家族は、いつも肉の触れあうほど近くにいて、共に働き、飯を食い、眠る。
家族は、家族の中で産まれ、家族の中で死ぬ。
同じ匂いのする肉体の集まりが家族である。
近頃の家族は薄いような気がするが、この絵に描かれた家族は濃い。

父親のモデルはシーレ自身だといわれる。
母親はシーレの妻のエディット。
ただし、夫婦に子供はいなかった。
妻のエディットは、この絵が描かれた年に流行したスペイン風邪で逝く。
妊娠中だったらしい。
シーレは、妻を看病することで風邪が移り、妻の死の3日後に他界したといわれる。

ところで、エゴン・シーレはオーストリア生まれだが、在日本オーストリア大使館によると、この国名の表音表記は、南半球のオーストラリアと混同され続けているため、10月より日本語のカタカナ表記を「オーストリー」に改めることにしたという。

「家族」 The Artist's Family 1918年
エゴン・シーレ Egon Leo Adolf Schiele
1890-1918年,オーストリー 
posted by アートジョーカー at 18:17| Comment(0) | Egon Schiele | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月14日

エゴン・シーレ「死と乙女」

Death and the Maiden (Mann Und Madchen), 1915

シーレはまだ画学生だった頃、40代半ばのグスタフ・クリムトと出会う。
クリムトは短い生涯を通じての良き師、あるいは良き友となったという。

「死と乙女」に描かれた女は、クリムトの絵のモデルをしていたヴァリー・ノイツィで、シーレの恋人だった。数年の同居生活が続くが、シーレがのちに妻とするエディットに心を移したため、ヴァリーは身を引き、第一次大戦に看護婦として従軍した。やがて病を得て亡くなる。23歳だった。

男は目が逝ってしまっている。
瞳孔がひらいているような気がする。
虚ろであり、心の抜けた肉体、すなわち死体になっているようだ。
女が寄りかかり、肉の触れあいを求めてみても、死体となった男は冷たい。

「生まれてすみません」
と書いたのは太宰治だが、シーレもまた、おのれ自身を直視し、悪臭のする心の襞までをさらけ出しているような気がする。

「死と乙女」 Death and the Maiden 1915年
エゴン・シーレ Egon Leo Adolf Schiele
1890-1918年,オーストリー 
posted by アートジョーカー at 17:14| Comment(2) | Egon Schiele | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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