2006年04月23日

モディリアーニとフランス女

Jeanne HebuterneJeanne Hebuterne
背中を見せて横たわる裸婦 1917年 660×915mm Reclining Nude from the Back 1917

ふと、古いヨーロッパ映画を観たくなるときがある。
たとえば雨の休日、静かな昼下がりの頃とか。

ふだんはハリウッド映画をたのしんでいる。
ハリウッド映画は、新しいテクノロジーや現代の問題に正面から向かい、豪華なキャストと巨大な装置を使って表現され。いつもサプライズがあるし、エンターティメントとして確かに優れている。

ヨーロッパ映画は、いまも昔も、とくにどうということはない。
人の欲望や情念、性といったテーマを繰り返し扱ったものが多い。
だけど、古い街を支配する色彩の感覚や、生活の匂いのするペンキの塗られた部屋、そこで暮らす深い人間の表情……。ただひたすら、街と人を見るだけでここちよくなるようなふんいきがいい。
そしてミレーユ・ダルクやカトリーヌ・ドヌーブには、アメリカ女にはない、せつなさと、たおやかさがある。

モディリアーニが眼の中に瞳を描き入れるときは、短い酒びたりの生涯のなかで、少しだけ幸せな頃だったのかもしれない。
posted by アートジョーカー at 18:53| Comment(0) | Amadeo Modigliani | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月21日

ジャンヌ・エビュテルヌ

Jeanne Hebuterne in Red ShawlJeanne Hebuterne in Red Shawl

眼の中の瞳がない。
モディリアーニの肖像画は、たいていそうなっている。
瞳をなぜ描かなかったのかはよくわからない。
たとえば古代の彫刻にも瞳を彫り込んでいないものがある。

瞳の力はつよい。そこに吸い寄せられて対話してしまう。
彫像などでは、見る人の目線をぜんたいのフォルムに向かわせるため、瞳を彫り込まない場合もあると聞く。
瞳のない肖像は「匿名」であるとも思う。

モディリアーニは、恋人ジャンヌの肖像画を何枚も描いている。
パリのボヘミアンだったモディリアーニだが、巧みな色彩感覚はイタリア人のものだと感じる
瞳のないジャンヌは、どこか気怠く、か弱く、思い詰めたよう。
ジャンヌは、モディリアーニの死の翌日、アパートの六階から身を投げた。
ふたりの間にうまれた女の子は孤児となった。
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2006年04月20日

夢二のようなモディリアーニ

Madame DedieMadame Dedie

アメデオ・モディリアーニは1884年、イタリアのリヴォルノに生まれた。
22歳でパリに出て、モンパルナスのラ・リューシュ(蜂の巣)と呼ばれた一画にあるアトリエを借りる。
20世紀初頭のモンパルナスには、シャガール、スーティン、藤田嗣治らの若き前衛画家や、音楽家のサティー、詩人のコクトー、さらには革命家のレーニン、トロッキーなどの「異邦人」たちが自由を求めて集まっていた。

そうしたなかで、モディリアーニは、肖像画ばかりをひたすら描き続けた。
女の肖像が多い。
細面、鶴首、なで肩のやわらかな線。
下がった眉尻の、うるんだような瞳でこちらを見る女は、竹久夢二の美人画を彷彿とさせる。
黒いドレスは、和服を少し着くずしたような気怠い感じで、奇妙に長く、ねっとりと絡みつくような指が、とりわけ印象に残る。こんな指でそっと撫でられると全身が痺れそうである。
posted by アートジョーカー at 09:45| Comment(0) | Amadeo Modigliani | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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