2006年04月05日

マティスの「赤い部屋」

Harmonie Rouge


「赤い部屋」は1908年頃の作品で、ほぼ同時期に、ピカソは「アヴィニョンの娘たち」を描いている。この頃、フォービズムの画家たちの多くが、ピカソらのキュビズムへと流れていったといわれるが、マティスはキュビズムの影響をうけつつも、独特の絵画世界を獲得したようだ。

ぜんたいに、ベタッとした印象で、奥行きや明暗といったものがない。
20世紀後半に流行したイラストレーションのようでもある。
マティスは、法律家のように冷徹な目で過去の絵画を検証し、次なる絵画の方向を模索していたらしい。そして、どんどん無駄と思えるものを排除し、簡素化、単純化の方向へとむかう。

絵とは、写実ではなく、何かを「表現」するものだとマティスはいう。
マティスの「表現」は、色そのものや、物の配置、構図といったものにおいて行われる。
マティスは、「赤い部屋」を描くにあたって、たとえば「幸福で暖かい家庭」というものを表現したかったと考えてみる。

赤い色が、ただ単にあるだけでは幸福で暖かいイメージは出ない。
そこに、ところどころの青と黄色、窓の外の緑という配色が行われると、単なる赤ベタから、何かの「表現」というものに一変する。
試しに、窓の外の緑を手で隠してみると、それがよくわかる。
隣に緑があると、補色対比効果によって部屋の赤はぐっと鮮やかにみえるようだ。

配色、配置、構図のみで何かを表現する。
こうしたマティスの考え方を、さらに突き詰めていくと、やがて抽象絵画の世界へと向かうのかもしれない。
posted by アートジョーカー at 18:04| Comment(0) | Henri Matisse | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする