
「あの人はアイディアの引出しが多い」とか、いう。
「引き出し」は、その人の持つ多様な知識ジャンルや経験の豊かさにたとえられる。
ダリの描く「引き出し」は、記憶のジャンル分けのイメージなのかもしれない。
人間のたくさんの記憶が、脳の中で、どういう風に整理されているのかよくわからないが、音や匂いなどの刺激でも、突然に浮かび上がってくることがある。
ふだんは眠っている記憶が心の奥底で、どのような動きをしているか、想像するのはちょっと怖い。他の記憶とグロテスクに絡み合いながら、互いに主張して譲らないのかもしれないし、強い記憶(恐怖体験、失恋体験など)は、燃え上がって他の記憶を焼き尽くそうとしているのかもしれない。
さらにそこに、性的欲望や自己実現願望といった本能的な想いが記憶を混乱させ、歪めてゆく世界とは?
広大な潜在意識のフィールドでは、一体なにが起こっているのか?
非合理的で、意味不明な潜在意識の世界をビジュアル化すると、自然、わけのわからないものになりそうな気がする。
体からたくさんの引き出しが出てきたり、麒麟がたてがみを燃やしながら歩いていたりするのも、ダリが独自の「偏執狂的批判的方法」によって捉えたひとつのイメージ。
フロイトの潜在意識の発見は、20世紀最大の発見のひとつらしいが、仏教には阿頼耶識( あらやしき)という概念が大昔からあった。アラーヤはサンスクリット語で、なにかを蓄えておく「蔵」を意味する言葉だという。
「燃える麒麟」1936年