
エル・グレコは奇妙な画家だと思う。
どの絵もたいてい画面が暗い。というか濃い。
人物は首を捻ったり、体をねじ曲げたりと、軟体動物のようなポーズをとっていたりする。
空も青く晴れ渡っているわけではない。
脳天気という言葉があるが、エル・グレコが見た聖なる世界は、明るく軽薄ではない。
厳しく強いものだったのかもしれない。
トレドの街に、いまにも神の雷(いかずち)が落ちてきそうな気配がある。
中世の都の空は巨大なエナジーが充溢し、大地を極度に緊張させているような感じがする。
丘に登る道には、あまりにも小さな人間たちの姿が見える。
トレドはアラブ人による支配を受けていたが、11世紀にキリスト教徒が国土を奪還、スペインの首都となる。のちにフェリペ2世がマドリッドに遷都し、トレドは古都となった。
中世のたたずまいを色濃く残す街として世界遺産にも登録されている。
クレタ島に生まれたエル・グレコは、イタリアを経てトレドに渡り、この街を終の棲家としている。エル・グレコとは、スペイン語で「ギリシャの人」という意味らしい。街の人たちから、そう呼ばれていたのかもしれない。
「トレド風景」に描かれた大聖堂の鐘塔の位置などは、実際の風景とは異なるという。
街を写実したのではなく、自在な画面構成がなされている。
空の色も、草木のうねりも、すべて心象の中にあったのかもしれない。
エル・グレコは近代になって再評価され、ピカソやポロックなどもその影響を受けたといわれる。
「トレド風景」 1597年制作
エル・グレコ El Greco
1541-1614年,スペイン(ギリシャ・クレタ島)