「最後の晩餐」も、かなり危うい。
遅筆の天才といわれるダ・ヴィンチだが、この壁画は2年ほどで描き上げたらしい。
壁画なのにテンペラ画の技法で描いたため、ダ・ヴィンチ存命中から顔料が剥がれ始めたといわれる。その後も時の浸食、損傷を受けながら、数百年に渡って何度も修復が行われてきた。
洪水にみまわれたりもした。
第二次世界大戦下のミラノ空爆では、「最後の晩餐」がしるされたサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院の食堂そのものが破壊された。しかし壁画自体は紙一重で生き残ったという。
「最後の晩餐」の薄まり消えゆくような危うさの中に、ミステリーがあるのかもしれない。
小説「ダ・ヴィンチ・コード」では、真ん中のイエスの向かって左にいるのがマグダラのマリアではないかという。その、さらに左横のペトロとの3人でMという字を構成するとか。
しかしユダが罪人として差別されず、みんなと並列して描かれているため、すべての罪人も、やがて許され救われることを示す奇跡の構図であるという捉え方があるようだ。
レオナルド・ダ・ヴィンチ Leonardo da Vinci1452-1519年,イタリア
「最後の晩餐」1948年 サンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院
The Art Impression
