この絵は、フェルメールにしては小道具が多く、多弁だといわれる。
奥の壁に掛かっている、海の風に吹かれて航海をする船の絵は、恋愛の寓意ということらしい。
だから、シターンを弾いていた夫人が、振り返りながら抓んでいる手紙は、「恋文」ということになるのだろう。
夫人とメイドは、家事(箒と洗濯かご)も忘れて、なにやら秘め事の話。
部屋の外から夫がそっと覗き見ているのか、彼女を想う別の男が様子をうかがっているのか、あるいは「世間の目」というものなのか、映画のワンシーンを切り取ったかのように、あれこれ、いろんなストーリーが浮かんでくる。
この絵は1971年に、いちど盗まれた。
アムステルダム国立美術館から、ブリュッセルの展覧会場に貸し出されているときに、何者かに持ち出された。
犯人はフェルメールを人質にとって、難民への多額の援助などを要求した。
言うことを聞かなければ、フェルメールを破壊すると脅したのである。
幸い、犯人は捕らえられたが、絵は木枠に沿って強引に切り取られていたという。
恋文を挟んで何かを語り合う女たちと、それを部屋の外から覗く視点。さらに、この絵を観る鑑賞者。なんだか不思議な「入れ子構造」になっているような感じもする。
「恋文」1670年頃