2006年09月27日

退廃芸術家フランツ・マルク

Pferd in Landschaft

マルクの作品に「世界を前にする犬」という傑作がある。
残念ながら個人所有のため画像がない。
マルクの愛犬ルッシが、地上の景色を見ている。その後ろ姿を描いた絵である。

これは、その馬バージョンのような感じ。
人間の目が世界を「客観視」しているわけではないだろう。
馬には馬の色彩世界があるのだろうし、鳥は人間が捉えることのできない極彩色の世界を感知しているのかもしれない。
犬は人間とは違うものを気にして景色を観ているだろうし、馬の目は横についているので実際のところ何をどう見ているかなどわからない。たとえCGでその世界を再現してみたところで、そのCGを観るのは結局人間の目なのである。

同じ動物としての根っこの部分で、自然を感じてみるのがいいのかもしれない。

Pferd in Landschaft
フランツ・マルク Franz Marc
1880-1916年,ドイツ
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2006年09月26日

フランツ・マルク「馬」

Horses

誰がどのように観るかで世界は変わる。
たとえば世界を「温度」として観るとしたら、その高低差によって物や風景のカタチが浮かび上がってくる。
あるいは世界を「素粒子」として観るとしたら、その密度分布としての点描のような景色が見えてくるのかもしれない。
もともと物質と空間に境界線などはない。
すべてが繋がって干渉しあいながら流動している。
世界をそんな風に観てもいいはずである。

フランツ・マルクは、たとえば動物の目に世界はどのように映っているのかを想ったらしい。
「芸術を動物化させる」
というマルクの言葉の意味はよくわからないが、マルクには馬や鹿、鷲犬など、それぞれの動物が持つ野性の感覚に対する憧憬のようなものがあったのかもしれない。
あらゆる事物に備わる自然の脈動、有機的なリズム、あるいはエネルギーの血脈のようなもの。
動物を描き、動物の知覚を想い、動物の精神に近づくことで、そうした神秘に触れる喜びがあったのかもしれない。

Horses
フランツ・マルク Franz Marc
1880-1916年,ドイツ
posted by アートジョーカー at 14:07| Comment(0) | Franz Marc | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月24日

パウル・クレー「忘れっぽい天使」

Vergesslicher Engel, 1939

たとえば忘れ物をして叱られて、もじもじしているような天使。
病を得た晩年、天使という名のクレーの子供たちが、たくさん生まれてきたようだ。
泣いている天使、おませな天使、醜い天使、そして忘れっぽい天使などなど。

不思議なことだが、人は死を予感すると、もしくは死を覚悟すると子供の頃のことを思い出すものらしい。
たくさんの天使の絵は、おそらくクレー自身の中にいた、いろんな天使たちの姿を描いたもの。

子供の頃の自分を描くことで、悲しかった自分、恥ずかしかった自分、うれしかった自分と再会する。
体の奥の方から出てきた懐かしい自分を、自分の子供のように慰めたり、しかったり、可愛がったりすることで、いまの自分が癒されるのかもしれない。

「忘れっぽい天使」Vergesslicher Engel 1939年
パウル・クレー Paul Klee
1879-1940年,スイス
posted by アートジョーカー at 14:15| Comment(0) | Paul Klee | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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