2006年06月02日

カイユボット「床に鉋をかける人々」

Raboteurs De ParquetRaboteurs De Parquet

なんだか変な絵である。不思議な奥行きと存在感がある。木の床の湿り気を感じる。
ファッション雑誌に掲載されている、どこかのブランドの広告写真のようでもあるが、19世紀の後半に描かれた絵だ。

湿気でめくれたフローリングの表面に鉋をかける男たち。
腕が長く、背中の筋肉がセクシーである。

三人の働く男たちと散らばった鉋屑(かんなくず)の配置。そして窓から入ってくる光が構成する、その時ならではの風景をキャンバスに写し取った印象絵画。つまりカイユボットも印象派の画家のひとりだった。
べつに印象派で括られる画家たちの画風が似ているわけではなく、それぞれに独創的なのだが、カイユボットはその中でもなにかこう、異質であるような気がする。

印象派の画家は、たいていが貧乏だったようだが、カイユボットは裕福だった。その点も異質だった。
絵を描くだけではなく、他の画家の作品を買い取って彼らを支えたという。
パリのオルセー美術館が所蔵する印象派作品群は、カイユボットのコレクションを基礎としている。

「床に鉋をかける人々」 1875年
ギュスターヴ・カイユボット Gustave Caillebotte 1848-1894年,フランス


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2006年06月01日

ゴッホが拾った女

Sorrow, 1882Sorrow, 1882

ゴッホは、ハーグという街で本格的に絵の修業をし始めた頃、ひとりの女性と出逢っている。
といっても街の女を拾っただけで、あるいは逆にゴッホが拾われただけで、それは恋の出逢いとかいうものではないのかもしれない。
シーンという娼婦だった。「悲しみ」という絵のモデルになっている。

「僕は妊娠した女に出逢った。腹の子の父に捨てられた女だ」
アル中でもあったらしい。天然痘によって顔には穴が穿たれていたという。
淋しさ貧しさ、渇愛が生んだような出逢いだった。
それでもゴッホは、生涯にただ一度の、女性との同棲を経験することになる。
ゴッホは弟テオの経済的な庇護のもとにあったが、女と子供を養おうとしたらしい。
ゴッホの人恋しさは、恐ろしく強い。淋しくて、淋しくて人を求める。

女はゴッホの「重さ」を受け入れるだけの、同じくらいの「重さ」を持っていたのかもしれない。
ゴッホと女の間には愛のようなものがあったと思われるが、女はゴッホからの結婚の申し出をことわったという。

フィンセント・ファン・ゴッホ  Vincent van Gogh 1853-1890年,オランダ
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