2006年03月03日

「アビニョンの娘たち」は、いやったらしい

「画面の左右の形式が不均衡にずらしてあり、形態、色彩は猛烈な不協和音を発しています。これが、ものすごい迫力で、会場全体を威圧しているのです。ニューヨークの近代美術館からはこんできたもので、私もはじめてナマにふれたのですが、ズーンと全身にひびいて、骨の髄までくい入ってくるセンセーションは、なまめかしいまでにいやったらしい。その偉大さ、はげしさにおいて、おそらく最高傑作『ゲルニカ』と対比していい作品であり、今世紀前半の絵画の最高峰の一つだと思います」
                   
                  -岡本太郎「今日の芸術」/光文社より

「アビニョンの娘たち」については、岡本太郎が上の文章ですべていいあらわしているように思う。
以下、蛇足。

この絵は、1907年に発表された。ピカソのキュビズムにおける第一発目の作品とされる。
ブラックですら、その「いやらしさ」に驚いたという。
ピカソは「アビニョンの娘たち」制作中に画商のカーンワイラーと出逢い、生涯にわたってつきあいを深めることになる。
カーンワイラーは気づいていたらしい。この絵がもつ、とんでもない意味に。

ふつう、犬が西を向けば、尾は東を向く。
キュビズム(立体主義)表現では、複数の視点から対象をみて、
それを同時に描くので、そうなるとは限らない。
複数の視点が重なり、交じり合い、絡み合いながら、キャンバス上に同時に存在する。
「いやらしさ」は、アフリカの古代芸術から着想を得たともいわれる。
Les Demoiselles d'Avignon, 1907
Les Demoiselles d'Avignon, 1907
posted by アートジョーカー at 12:48| Comment(0) | Pablo Picasso2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

光の幻術師、モネの睡蓮

モネは、もっとも印象派らしい画家といわれる。
移りゆく、そのときどきの印象を描くから、モチーフはたったひとつであってもいい。

たとえば「睡蓮」。モネは200点以上の「睡蓮」描いている。
他のひとにはひとつのモチーフであっても、
モネにとっては、いくら描いても描ききれない、ゆたかな画題となった。
季節、天気、あるいは一日の時間の流れのなかで、ゆっくりと表情を変える「睡蓮」のある光景。
モネには、このうえなくたのしく、感動の深いものだったにちがいない。

光の幻術のように変化する画面。
100年の時空を超えて、ヨーロッパの光があふれだしてきそうである。

Waterlilies: Morning, 1914-18 (left section)

Waterlilies: Morning, 1914-18 (centre right section)

Waterlilies: Two Weeping Willows, left section, 1914-18
Waterlilies
posted by アートジョーカー at 15:49| Comment(0) | Claude Monet | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モネの「ひなげし」

草の緑が濃く、花色が多彩な『ひなげし』は、虞美人草ともよばれる。花は春に咲く。

「書を捨て町に出よう」といったのは寺山修司だが、印象派の画家たちは、暗いアトリエをでて、光あふれる自然のなかへ向かった。
印象派のキャンバスは、抱えてそとにでるから、それ以前の画家たちのものよりちいさい。

自然のなかでは、風景がこくこくと変わる。
光、影、風、匂い、そのときどきのインプレッションを捉えるため、速く描かかなければならない。
いきおい、作品数もおおくなる。

ひなげしの花咲く野に、「ふた組」の妻カミーユと息子のジャンがいる。
遠くにいる妻たちと、近くにいる妻たちである。

モネは、ふたりが歩いてくる「時間」の印象も描いた。

Poppies


Poppies
posted by アートジョーカー at 12:15| Comment(0) | Claude Monet | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする