2006年02月26日

「わだばゴッホになる」かな?

日本の鬼才、棟方志功も、おくにの東北弁で熱くゴッホを語っている。

「それからは、何を見てもゴッホの絵のように見えました。木も川も山も、みんなゴッホの絵のようにメラメラと燃え上がっていました」
                      
                    -『わだばゴッホになる』より

ゴッホはおそらく、「どこかの世界」と交感した画家ではないかと思う。
その世界は、この世界と同時に存在している。
ゴッホの絵と出会うことにより、そうした世界への扉が開かれるひとは多い。
棟方志功もそのひとりだったのだろう。感動の仕方が、ただごとじゃない。

この絵が描かれたのは1888年の秋。
ゴーギャンとの親交も深まりつつあったころ。
友のいなかったゴッホにとって、30数年の短い生涯のなかで、比較的穏やかな時代だったといえるかもしれない。

ゴッホ「夜のカフェテラス」P10号【名画ドットネット】
夜のカフェテラス-1888年


posted by アートジョーカー at 12:38| Comment(0) | Vincent van Gogh | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

ピカソ、女の背中がいい

なんてセクシーな背中なんだろう?
絵の中から、いまにも、聞こえて来そうだ。孤独な女の囁く声が。
秋の日のヴィオロンの溜め息のように、ひたぶらにうらがなしい声が。

青い。寒い。これも、パリの下町のひとたちを描き続けた「青の時代」の絵である。
ピカソは、故郷から、ともにパリに出てきた友人の死を経験した。
悲しみをプルシャン・ブルーに込め、「青の時代」を描ききった。
若くして、独創の領域へと到達した。
プルシャン・ブルーは、暗く、紫をおびた青である。ピカソの心象風景と合致した。
過去、葛飾北斎やゴッホも、背景の空にこの色を使った。
描くひとの心によって、いかようにも作り出せる色彩のイマージュ。
変幻自在の魔力を秘めた、精神の色だと感じる。

Blue Nude

Blue Nude
Picasso, Pablo
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posted by アートジョーカー at 23:34| Comment(0) | Pablo Picasso1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ピカソの「線」には愛がある

ピカソの線には愛がある。哀もある。この頃のピカソにはだ。

20歳やそこらで、こういう絵を描く。
いや描けてしまうピカソとは、いったい何者なんだと問いたい。
こんな母子像を、かつて見たことがない。
青い世界のなかで、母子が交じりあい、溶けあっている。ひとつのまあるい線になっている。母親にとって子がすべてであり、子を抱きしめ命の火を与えるとき、じぶんさえも暖まる。

色調は寒い。が、ともに焼けゆくような暖かさ、しびれるようなぬくもりがある。
ピカソは、20世紀初めのパリの裏町で、至上の愛を見た。
天賦の才を使って極上の絵にした。ある種の魔法のようなものだと思う。

1901.jpg
Mother and Child-1901
posted by アートジョーカー at 10:10| Comment(0) | Pablo Picasso1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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