バルコニー
江戸川乱歩の小説に「鏡地獄」というのがある。
幼い頃から鏡の持つ魔力にとり憑かれていた男がいた。
男は親の遺産を相続したあと、大金を投じて内側が鏡となった奇妙な球体を作らせる。
そして電球を抱いて球体の中に閉じこもるのである。
球面鏡に映し出された光景は、奇妙に歪んでいる。
空間が歪んで、正面からは本来見えない部分まで見えてくる。
エッシャーも球面鏡に魅せられた人で、球面鏡に映った自身の姿を描いた「写像球体を持つ手(球面鏡の自画像)」という作品もある。
「バルコニー」は地中海に浮かぶマルタ島の街を描いた風景画らしいが、建物の中心が球面鏡に映し出されたように奇妙に歪んでいる。正面から描いているのに建物の側面や上面も同時に見える。
空間の歪みといえば、アインシュタインの重力の捉え方を思い出す。
ニュートンの重力方程式における重力の姿は、全方向にむかって直線的に作用する(引っ張る)というイメージだが、アインシュタンのそれは時空の歪みとして記述される。
たとえば太陽など巨大な重力を持った物体は周囲の時空を歪める。
時空が歪められているから物(地球など)は歪みにそって落ちてくるし、そこを通る光も曲がる。
といっても実際には光自身は曲がらず、曲がった空間の中をまっすぐ走ってくるのである。
重力場は空間の曲率で記述される。
つまり曲率が高いほど強い重力場となる。強い重力が周囲の空間を曲げる。
あまりに空間の曲率が高くなると球体のように空間が閉じ、光も脱出できなくなる。
これがブラックホールである。
こうした空間では、もしかすると自分の背中が見えるのかもしれない。
「バルコニー」
マウリッツ・コルネリス・エッシャー Maurits Cornelis Escher
1898-1972,オランダ
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